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7.月蔵経の予言 その1
仏教の予言の中では前回までに見た「法滅尽経」よりもさらに著名なものとして「月蔵経」が挙げられる。日本の仏教界を代表する法然や親鸞、日蓮といった大宗教家にも大きな衝撃を与えた経典、それが今回紹介する「月蔵経」である。 「月蔵経」の正式な名称は「大方等大集月蔵経」で、中でもその20番目に説かれている「法滅尽品」に、終末を暗示する予言が記されている。
ところで、仏教には先にも記したとおり、「三時説」があり、世界のタイムテーブルを仏教の盛衰に置き換えている。釈迦入滅後の千年を正法時代、その後の千年を像法時代、その後の千年が末法時代と呼ばれる。 また、この月蔵経には「五堅固説」があり、三時説同様、釈迦入滅後5百年周期で時代が変遷するとするもので、最初を「解脱堅固」(覚悟のできる時期)、次を「禅定堅固」(禅定を保持できる時期)、その後順次「多聞堅固」(仏法を聞き精進することができる時期)、「造寺堅固」(寺や塔だけが盛んに建立される時期)、「闘争堅固」(各宗派が争いを繰り返す時期)時代と称している。
これらは、三時説をより細分化した表現といえるが、釈迦入滅後2千5百年を経た今が、最終の時代に入っていることだけは間違いない。 ただ、一説には三時説の「末法時代」を1万年とするものもあるが、釈迦が仏法を説かれた時代に比し、現在は時の流れが極端に速くなっていることに気づかねばならない。特に戦後50年間の変化は、それまでの時の流れを一気に変えてしまったと言っても過言ではない。「10年一昔」と いう表現は死語となり、「日進月歩」は「秒進分歩」という表現に変わった。「長期的な視野に立って」と言う場合の「長期」は2〜3年先程度が限界である。ある人が「江戸時代の10年は明治の1年」と言ったそうだが、現代は当然、それ以上の違いである。末法を短絡的に1万年と考え、安閑とするのは実に危険である。すでに末法を過ぎ、「法滅尽」の時代に突入していることを我々は知らねばならない。
さて、本論の「月蔵経」であるが、今回はその一節を紹介することにしよう。
「末法時代に入ると太陽も月もその光が見られなくなり、星の位置が変わってくる。白い虹が太陽を貫くような不吉な前兆があると大地は振動し、水は枯渇し、時ならぬ暴風雨が起こる。農作物が完全に実らなくなり、水たまりがあると思うと日照りが続いて土地がひびれてしまう。餓死するものが後を絶たず、政治家は為すすべを知らない。父母と子とが争い、人民は司政者と対立する。ようやく手に入れた食物も毒を含むようで美味しくない。悪質な病気次々に流行し、町全体が焼け跡となってしまう。人間と人間が殺し合うようになるとその隙に外国が攻めてくる。寺は破壊され、僧侶は殺害される。」
すでに我々の身の回りにある光景もあり、まだ見ぬものもある。しかし、いずれにしても極移動による天変地異、気象異変による食糧不足や疫病の多発が、人心を蝕み、世界最終の戦争へと駆り立てるようである。それは、一人一人の我欲が生み出す業の集積が、本来、共存共栄すべき大自然から、逆に淘汰を余儀なくされてしまった姿にも映る。
参考文献:釈迦の予言(菊村紀彦著)
封印された釈迦の秘予言(福島裕鳳著)